バレエを習い始めました。

バレエを習い始めました。

突然ですが、わたし、バレエを習うことにしました。子どもの頃にやっていたわけでは、まったくない。素養ゼロ。体も硬い。体幹もない。バレリーナの体型にも程遠い。

ダンスを観るのはジャンルを問わず大好きで、何か踊りをやってみたいとずっと思っていた。日本舞踊か、社交ダンスか、ヒップホップか…と過去に検討したこともあった。そのとき、バレエも候補に入っていたけれど、あまりに遠い世界に感じてあきらめていた。

が、先日、運動したいとつぶやいたら、友人が「バレエの体験レッスン、一緒に行ってみない?すごく楽しいよ」と誘ってくれた。そのまま日程を決めて、先週の金曜日に体験し、するすると入会してしまったのでした。

その友人とは、SNSで近況は把握していたものの、直接会うのは2年ぶり。彼女がバレエを始めていたことをわたしは知らなかった。そして彼女は、自分が始めたときからわたしを誘おうと考えていて、そのまま機会がなく2年が過ぎてしまったらしい。

突然誘われたと思ったけれど、突然じゃなかった。2年越しの成就だった。わたしにとっても渡りに船というやつだ。習い事は先生や先輩との相性があって、なかなか外からは確かめようがないから、友人がすでに通っていて「楽しい」と言っている場所でスタートできるなんて、恵まれすぎるほどのスタートだ。

1時間のバレエ体験レッスンは、とっても楽しかった。タイツもレオタードも何もないので、靴下(しかも穴が空いていた)とジャージとTシャツで体験した。ちなみに、この絵は盛っている。こんなに足は上がらなかった。ポーズもまったくできない。

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ストレッチして、基本のポーズをして、少し踊って。見よう見まねでやるだけで、自分の足りないところが自分でわかる。筋力が足りない。柔軟性が足りない。そして鏡に映る自分が脳内イメージの1.5倍くらい大きい(横に)。

足りないところがわかるということは、伸びしろがわかるということ。体験後、入会金を納め、2週間後のレッスンに行くことを決めた。

家に帰ってからは、ずっとバレエのことばかり考えている。まず足を上げたり曲げたりできないと話にならないので、ストレッチをする。筋トレをする。そして気づいたときは下腹をキュッと引き上げて姿勢を正す。今まで何度決意してもできなかったのに、いまや隙あらばストレッチ、隙あらば筋トレ。

だって、美しくしなやかにポーズを決められるようになりたいんだもの…!このままぼてぼてと何一つ変わらずに2週間後のレッスンに行くのはもったいないんだもの…!家でできることはやっておきたい。そうすれば教室で新しいことを教えてもらえる。

たった一度レッスンを受けただけでこんなことを思ってしまうのが、わたしという人間なのだけれど、バレエを習うと決めたその瞬間、わたしはバレエをする人として生きていくことになったのだ。だからこそ、ストレッチも筋トレも、わたしにとって切り離せないものになった。

…そんなことを考えたのは、この動画を見終えた瞬間のことだった。

【茶道は何の役に立つの?】『日日是好日』エッセイスト・田中典子さんの茶道歴/茶道とはとてつもなく大きな世界を習うこと/静寂の中で自分の心の声が聞こえる/茶室ではひとりの人間に戻れる/稽古の後は空が高い

茶道は奥が深いとよく聞くけれど、お茶の点て方や飲み方を覚えるだけでは意味がないかなと、あまり興味が持てなかった。でも、そういう個別のテクニックの話ではないのだと、この動画を見てはじめて理解できた。

茶道を習うというのは、ひとつの世界を自分の内側にインストールすることだ。慌ただしい日常とはまったく異なる世界の生き方や考え方を学び、じっくりと自分に染み込ませ、いつでも引き出せるようにしておく。新たな価値観を取り込んでいく。だから「続けることが大切」なのだ。その世界に触れ続けることに意味がある。

生まれた家庭の空気、育った街の雰囲気、友人たち、仕事の現場の感覚——そういったものに大きく影響されて、今のわたしができあがっている。それらは自分で選んだわけではないけれど、習い事は自分で選ぶことができる。とりわけ、長い歴史の中で磨かれ受け継がれてきたものを習うのは、その「文化」の家に生まれ落ちて、赤ちゃんからやり直すようなものだと感じた。

ということは、よその家庭に一日だけ預かってもらっても、その家の文化は染み込まない。一年間ホームステイしたとしても、滞在先の文化を本当に自分のものにするのは難しい。よくわからないまま何年も続けていくことで、気づけば自分の一部になっていく。

何年も続けていることといえば、小説を書くことだ。

中学生のころに「小説家になる」と決めて以来、わたしはずっと「小説を書く人」として生きてきた。「小説を書く人」にとっては、あらゆる経験がネタになるから、積極的にさまざまな機会に飛び込んできた。たくさんの本を読まなければならない。多くのことを感じ、人の痛みを知り、自分の中の偏見を見つめ、学び、考え続けなければならない。芸術にも触れるべきだ。もちろん作品を書くことが何より大切だけれど、書いていない時間も、わたしは常に小説を書く人として生きている。そうでなければ、書くことができない。

それと同じだ、と思った。わたしはこれから、バレエをやる人として生きていく。プロのバレリーナにはなれないけれど、バレエを習うことで「バレエをやる人」にはなった。

バレエをやる人は、下腹に力を入れてすっと背筋を伸ばし、隙あらばストレッチをし、隙あらば筋トレをし、自分の身体をもっとよく知り、バレエを観たり歴史を学んだりするべきだ。わたしはそういう人生を選んだのだと思う。

バレリーナにはほど遠い、ぽてぽてとしたぬいぐるみがじたばた動いているような状態がしばらく続くだろう。それでも、なぜか少しも恥ずかしくないし、怖くもない。バレエの素養がゼロどころか、運動神経もなく筋力もなく体も重い、マイナスからのスタートなのだから。続けさえすれば、必ず今より上手くなれるという確信が、わたしをわくわくさせる。

…これだけ大きく宣言しておけば、さすがに三日坊主にはならないだろう。少なくとも6回分のチケットは買ったしね。がんばるぞー!来年のわたしは今よりすっきりしていますように!!!